目の前でギャルのボートが転覆
昭和四十二年四月五日昼さがりのことだった。吹田市千里ニュータウンの南公園にある牛首池のほとりで、取材の途中、S新聞の記者とボートを漕いでいる娘さんを眺めていた。「もし、あのボートがひっくり返ったら決定的写真になるだろうなあ…娘さん泳げるかな」なんて、とんでもない不謹慎なことを想像していた。と、次の瞬間である。池の真ん中で本当にボートがひっくり返ったのだ。自分を疑って足をつねってみた。痛い。これは“白日夢”でなく、現実だ。あせった。
娘さんは「助けて!」と叫んで底をみせて浮いているボートにしがみつき震えている。春とはいえ、水はまだ冷たい。「大変だ! ボートがひっくり返ったぞ」と私ら二人が大声を出したので、団地の人たちが二、三十人かけつけた。私も貸しボート屋の浮輪を投げ込むなど懸命だった。が、届かない。すると通りかかった青年(郵便局員で公休を利用し遊びに来ていた)が衣類をぬいで泳いで行き、娘さんを抱えて岸へ。私は夢中でシャッターを切った。
この写真は翌六日の夕刊ニュースグラフに二枚の組写真として大きく取り上げられた。
それにしても私の心はしばらく複雑で後味が悪かった。とんでもないことを考えた瞬間、それが現実になったからだ。深く反省したのは、もちろんだ。
あれから二十年以上になる。もう娘さんも四十歳近いはずだ。どうしているかな。きっと立派な母親になって、ボートや水のこわさ、いざという時、人を助けることの大切さ、命の恩人のことなどを、我が子に教えていることだろう。
一つのアクシデントはいろいろなことを教えてくれる。人間は常に“筋書のないドラマ”を懸命に生きている。
(平成元年二月「記者生活の思い出」)