スイスアルプス・ハイキング
夏休みに、同僚五人と、あのアイガーの北壁の下などをハイキングした。日本の山やハイキングも随分したが、カウベルをBGMに雄大なアルプスを歩くのは格別以上の"ベッカク"だ。ついヨーデルの一つも口ずさんでしまう。
◆ 幕の内弁当、おにぎりも販売
「グリンデルワルトはスイスの中央あたり、ベルン州にある観光地、グリンデル(緑の)ワルト(森)の名にふさわしい美しい町だ」と、アイガー北壁の直登に成功した今井通子さんが「続私の北壁」で書いているが、ここは登山基地。六年前に来た時よりにぎやかだ。なにより日本人が増えた。「弁当サービス、幕の内二〇フラン(千八百円)、おにぎり一二フラン」なんて張り出してある。旅行社の話でもアルプス・ハイキング・ツアーを組むと参加者が多いという。
◆ カウベルをBGMに牧場を歩く
ハイキング道はいろいろあるが、アイガー、ユングフラウ、メンヒなどを少し離れて眺めながら、そして最後に、その直下を歩くコースをとる。三〇分ほど歩いて下りグルンドへ。ここからゴンドラリフトで、いっきに一三〇〇メートル上がって標高二二三〇メートルのメンリッヘンへ。三〇分もかかる雄大なゴンドラだ。降りたとたん、「カラン、カラン」とカウベルを鳴らしながら牛のお出迎え。あちこちで草をはんだり、寝そべったり。その向こうに雪をかぶったユングフラウ・ヨッホが見える。こいつは絵になる。
石ころ道だがよく整備されているし、標識もしっかりしている。ところどころにベンチがある。一服すると目の前にアイガー、シュレックホルン、ベッターホルンが。その上を雲が流れていく。歩くほどにユングが左へ移り、メンヒも見える。柵を開けて通り抜けるところが、何ケ所もある。つまり、放牧場の中を歩いているのだ。だから、あちこちからカウベルの音が風に乗ってくる。
◆ 口ずさむ「アルプスの牧場」
いつのまいか「雲が行く 雲が行く アルプスの牧場よ…ウレイホー ウレイホー」と裏声で口ずさむ。「灰田勝彦の歌だったなあ」と同僚と昔を懐かしむ。「キキョウやキンポウゲのような花がいっぱい咲いているよ」とS嬢。外人カップルが上半身はだかスタイルで登って来た。アイガーの下を二両連結の登山電車が、あえぐように登って行くのが小さく見える。ユングの中をトンネルで抜けて標高三四五四メートルのユングフラウ・ヨッホ駅までの、この鉄道が開通したのが七七年前というから驚く。やがて左前方にクライネ・シャイデック駅付近が見え出した。下りで足も軽くなる。シャイデックまで二時間。
◆ 「大津号」電車が走る
ここの屋外レストランで立ちはだかるユングなどを見ながらのジュースがうまかった。琵琶湖をあしらい「大津号」と記したプレートをつけた電車が走っていた。ふもとのインターラーケン市と姉妹提携しているためだ。電車に乗り、終点のヨッホ駅へ。
◆ 氷河で滑る登山客
展望台に立つと一面、雪原でまばゆい。目の前に四一五八メートルのユングフラウ頂上が。左にアレッチ氷河が広がる。同行のO教授はメンヒ側の雪原で貸しスキーで滑った。「アルプスで滑ったというだけで気分は最高ですね」とご満悦。
◆ アイガー真下を歩く
帰りにシャイデック駅で降り、アイガーの下を歩いた。ずっとそそり立つ北壁を見上げながらの下り。
「爪(つめ)をたてたように切り立った尾根が幾重にもたてに走り、そのすきまというすきまは、氷と雪で埋めつくされている(略)。ただ、常時うす暗く、冷たい世界で、太陽の光線だけが恋しくてたまらなかったのだ」(続私の北壁)。その通り、へこんで暗く、そこから雲が涌いているようにさえ見える。ところどころに牛の水飲み場がある。一休みしては、落ちる水を飲む。氷のように冷たくてうまい。
子馬が草をはんでいた。カウベルを下げている。いや、これは"ホース(馬)ベル"か。頭をなでてやるとカラン、カランとベルを鳴らし「ヒヒーン」といなないた。なんとも"めんこい子馬"だ。アルピグレン駅まで二時間かかった。
グリンデルワルトまで電車で下った。点々と牛がいるし、花で飾った山小屋風の家も多く、なんだかメルヘンの世界にいる錯覚になった。
(八九年一〇月五日夕刊「味・湯・旅」)