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 市電の乗換券

   学生時代はまわりはほとんど貧乏であった。そしてそれは恥ずかしいことではなかった。心は豊かであった。
 金沢には当時市電が走っていた。香林坊にはポイントを切り替える見張り台があった。市内は1番から5番までの系列があり、私の下宿の小立野には1番と3番の電車が来た。電車は、乗り換えないと行けない場所(切符内の○印の停留所)では、行く先を言うと「乗り換え券」を呉れた。一応、下車時間に穴らしきものを開けたが、指でなぞればわからなくなった。ただ、この券は、日によって色が変わった。私は、せっせと乗換券を乗り換えポイントで降りる時にはこの券を貰い集めた。 そして、次に乗るときに車掌さんの手元を盗み見て色を確認し、ストックの中からその日の「乗り換え券」を取り出して使用した。ばれることは無かった。
 この券を眺めるとき、貧しく邪気に溢れたセピア色の学生時代が次々と思い出される。(お)


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