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出発前夜


●現役合格者は片道切符を購入

 慌ただしく金沢へ行く前夜の様子が3月末の日記には記述されている。私の高校時代は、悪ガキの集まりで今なら深夜徘徊の補導対象かも。せっせと友人宅を回り、教師の自宅や立ち回りそうな飲み屋まで追っかけて、難しい人生論をふっかけていた。高校時代の友人宅と教師宅けのストーム的訪問はあきれるほどの回数であった。それでも、互いに切磋琢磨の関係で一人の時は勉強もしていた。
親も、教師も心底ははらはらしていたのであろうが、最後のところでは信用していたのかも知れない。時代背景なのか、タバコへの罪悪感はあったが、酒についてはかなり大らかな風土が当時にはあった。高校生もエリートの卵であり、高校の教師も、地方の知識人的な役割を果たした。最近のように細かく言われなかったし高校生も昨今のような反社会的な話題に登場することはなかった。

3月27日(月) 夕方、二の丸城址にスケッチに行く。夜、一人でいるのも退屈なので、Hに始まり、S,K,Yと訊ねるが居ない。最後にWと会う。彼は全ての受験に失敗し沈んでいる。喫茶「鍵」に行く。その後、pm10時半ごろK先生宅に行くも留守。H先生もY先生も居ない。Y先生宅まで一緒についてきた野良犬と共にWとも分かれる。

3月31日(金) 金沢行の切符を交通公社で求めてきた。級友も4人ほど居た。Tは一橋のバッジをすでにつけて「やぁ」と握手を求めてくる。いよいよ片道切符。駅裏のスケッチに行き頼まれている15号の油絵の下絵にする。以前決めていた場所で夕日の沈む時期に合わせたので空の変化が美しい。

4月5日(水) Kと花見の帰り、Y君
(教師も親しみを込めて日記では君づけ。いわば信頼のバロメータ)宅に行ってみた。話し込んでいるとY君の教え子や以前の学校の同僚というS先生がトリス持参。空きっ腹だったから量の割に酔う。後でH、Kも来る。夜8時、高砂温泉に行く。帰りにSの小母さんに石鹸半ダース持って行く。高校生活3年間、風呂の時は、Sの石鹸を使い放しだったのでそのお礼である。高校時代の友人もよかったけどSの小母さんの存在も大きい。風呂から上がって街に出る。Aさんと会い「君たちは生徒会で頑張った! 今日は俺が持つからいくらでもやれ」と飲み屋に我々をあげる。

4月7日(金) 鳥取駅を発つ。F先生と母。それに友人が10人ほどプラットホームに集まってくれた。Hを送るときに使ったテープを拾い集めそれをまた使っている。テープには各自の名前が書き込んであった。


 山陰の地方都市で、高校時代を過ごしたことは、昨今の高校生の豊かではあるが心貧しい社会環境を見るとき、幸せであったと思う。混沌の中に欲求不満、全否定の姿勢の高校時代と友人に別れを告げて、初めての土地金沢へと向かった。


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