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隣人が宇佐見氏


●最初の下宿を追い出される

 何せ貧乏な学生生活であった。もともと自宅からの仕送りは期待できずこの年に初めて公募された日本育英会の特別奨学生の選考試験に通った。毎月7500円が支給され教員になれば返済免除という内容であった。当時は一般奨学金は月3000円であったが国立大学の授業料が年間9000円であったから、寮に入りバイトをやればこれでも充分に生活ができた。8月に奨学金が出るまでの繋ぎとして担任からお金を借りての厳しいスタートであった。
 最初の賄い月の下宿で「食事を止めて部屋代だけにすればいくらか」と聞いた。このことで下宿屋のおばさんから「この男は支払い」思われたのか私だけ嫌がらせを受け早々に次の部屋へ移ることとなる。

4月8日(土) 学生部から斡旋された下宿屋へ。工学部のKと夜まで話す。41時間目に床につく。

4月9日(日) 街に出て北国第一でバルドー主演の「真実」を観る。学生120円。金沢のパチンコ屋は入らない。

4月11日(火) 入学宣誓式。新聞社のバタバタとした取材。夜食事の時に、下宿のおばさんに注意をされる。「前の人は静かだった。こんな状態だったら出てもらう。」云々。

4月12日(水) オリエンテーションなるものがある。ガイダンスの意味も分からず。
下宿の小母さんは、「九州の親戚が金大に補欠で入ったからあんた達の中で誰か出てくれ」という。北斗寮にいる鳥取出身のY先輩に頼むつもりで僕が出ます。というと「できるだけ早く出てくれ」と畳みかけるようにいう。しかし、Yさんもすぐにはないとのこと。

4月13日(木) 昼に同室のKと厚生課に行き間借りを探す。1件紹介してもらう。古びた2階屋であるが気に入った。二部屋あったが一部屋はすでに法文の学生が先約していた。2時に引っ越しの準備を始めリヤカーを借りて、3時半には下宿を出る。下宿の小母さんは日割り計算の残金3700円をすでに用意し無言で渡す。最後まで気に入らない。
新しい間借り先の主人が夜「いっぷくしまっしぃ」と声をかけてくれる。温かな人だ。家の中2の子供の勉強もバイトでさせてくれる様子。

4月14日(金) 9時にアンニーローリーのチャイムが聞こえてくる。  外食なので安いところを探す。医学部の食堂は、ご飯を秤で売る。おかずは15〜6種類あるがまずいことこの上なし。朝は抜き、昼はパンと牛乳で25円。夕食は医学部で45円。70円×30日で食費2100円。部屋代1600円。電気代100円。雑費1200円でなんとか、1ヶ月の出費は5000円以内におさめたい。

4月15日(火) 美術部に行ってみた。部としての活動はあまり活発には見えない。 空腹である。まず便が出なくなった。夜は、飯を27円の大盛りにする。食い応えがある。必要なので電気スタンド購入。体重は52s。50を割ったら生活考えなければ。 また厚生課に行きバイトを探す。眼鏡をかけた事務員が対応。横柄。

4月19日(水) 隣の奴とよく気が合う。新聞会に入ると言っていた。夜近くの教会の聖ヨハネ教会の聖書研究会に行った。随分と失礼な質問をしても、彼らは鄭重に応えてくれる。ここでもバイトがないか聞く。

4月20日(木) 誕生日である。今までは好きな料理が出たり、小さいときはお祝いがあったりしたのが懐かしい。最近は空腹が激しい。天候にも左右されるような感じである。19歳の誕生日を祝い宇佐美と5日前の饅頭を電気コンロで焼き水で流し込む。

4月22日(土) 久しぶりにIさんの家に行く。夜はキリスト教伝道の講演に行く。伝道師は「創造主が存在すること」を前提に次々の論を展開する。疑い出すと言われるあらゆることに抵抗を感ずる。
 金大には、共産系のマルクス研究会、共産党に批判的な社会科学研究会とがある。今までの自治会執行部は、社研で全学連派、理医工の自治会は全自連派。生協も最近マル系に浸食されてきているという。

4月23日(日) Iさんの宿題を片づけその報酬に夕食を頂く。その時聞いた話では、今日のキリスト教青年会で水曜日に私が話した内容が記録され発表されてテキストにされたらしい。「キリスト教の信仰を持たない人のものの見方はこうである、、、。」話した内容が記録されているなど知らなかった。  キリスト教関係の書物は創造主の存在を前提としている。今のところこの世を作った絶対者が存在しそれが神であるとは信じられないから、その後の祈りも讃美歌も空虚に映る。

4月28日(金) 新聞会の先輩宅に宇佐美と行く。瑞雲寮という。そこで盛り上がり「北大路」に行った。

4月29日(土) 新聞の先輩が宇宙博の受付のバイトをしており、ただで紛れ込む。150円の入場料をとっているがその値打ちはない。

4月30日(日) 今日も一日がすんでしまった。身体がだるく昼に3時間ほど仮眠。風呂屋で体重を量ったら51sであった。ショック。


 紫錦台中学の横道を入った大音町(その後町名変更上石引町)の下宿屋に移りそこの2階の隣人が宇佐見氏であった。彼の新聞会入会に誘われて入会を決める。
キリスト教の聖書研究会にバイト探しを兼ねて顔を出したり、バイトや奨学金が入るまで慣れない環境に戸惑いながら大学生活のスタートを切った。どこにでもいる普通の平凡な学生生活のスタートである。


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