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コンパの洗礼


●家庭教師とコンパと

 5月病になる暇もなく目まぐるしい時期を過ごす。美術部と新聞会に当初所属し教会の青年会にも顔を出していたが、徐々に新聞会のボックスが居心地よくなっていく。

5月3日(水) 下宿している家の中学2年生の女の子のバイトをすることになった週2回で1000円。

5月4日(木) 新聞会に本がくる。高校時代で言えば、Kのような雰囲気と話し方をする。

5月6日(土) 新聞会のコンパ。香林坊、加登長の2階。その後、「コバ」に行きトリスのストレートを飲まされる。

5月8日(月) 昼までかかり新聞会のポスターを描く。佐藤さんから4時ごろ書き直しを命じられる。 

5月11日(木) 新聞会から医学部演劇部の取材。

5月13日(土) 中3生を毎日教えるバイト見つかる。

5月27日(土) 文化部ソフトボール大会。新聞会Aチーム「レディーズハンターズ」はESSにコールドで負ける。映画「ラインの仮橋」。

5月28日(日) 開学記念祭だが、それらしい気配もない。映画「ベニスと月とあなた」「必死の逃亡者」を観る。

5月29日(月) 会室で幸道氏と意見の一致をみてまた映画。「秋日和」「波の塔」55円。内容はまあまあ。最近映画館に通い過ぎ。金縮しなくては。

5月31日(水) 記念祭の最終日。それでも祭らしい雰囲気を感ずる。夜8時から10時までファイアーストーム。バイトの子を連れ出したが見失う。


 新聞会に関係していることを抽出しているが、この時期新しい生活と交友関係、生活基盤の不安定さの中で、精神的にも動揺し独白で綴られた読み返しても本人にも意味不明のおそろしく観念的な文章の羅列がある。
 5月16日から北瞑寮へ仮入寮。恋愛論やら寮雨。バイト先が遠いのと自分の時間がとれずに元の下宿へ戻る。当時の寮費は月300円。光熱費100円。倍食という制度があり2食分を注文できる。つまり部屋に居候している友人の分を追加できるわけ。正規の寮生以外になんとなく居住している人物もかなりいた。一般奨学金が当時3000円であった。授業料を4500円ずつ二期に分けて納入していたので国立大学なら最低限の生活はなんとかやれた。


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