新聞会と読書と
●すっかりサークル活動へ
金沢に居住する遠い親戚筋のNさん宅からズボンをもらったり相変わらずの耐久生活。特に悲壮感もない。日々、尾山食堂のボックスが私のマクロ空間であった。
10月5日〜7日 白山会館にて合宿。
10月7日〜10日 東京の労働争議の支援バイトで上京。M自動車労組とS工業の紛争。食事代と汽車代を差し引き2500円の収入。10日から12日までは慶応大に進学したFの下宿に泊まり、夜の東京でぱっと使う。国立西洋美術館の絵画は素晴らしかった。その後、名古屋の伯母宅を経由して14日に久々会室を覗く。
10月16日(月) 前期の成績が出始めた。語学は、可が1つ。残りは良。あまりよくない。
10月17日(火) 冬になるのでと下宿の電気代が倍になる。本代も嵩む。「人間の壁」を読み始める。名文。
10月19日(水) 新聞会で教育問題のレポートを出す。
10月22日(日) 本が下宿へ。市川氏がいないかという。紙面の大組の2面担当者がいないらしい。代わりをするが、行数があわず明日にしてもらう。夜、市川氏戻る。3人で北大路に行く。ウオッカ、ジンなどカクテルを相当に飲む。
10月27日(金) 辻、五藤、市川氏酔って下宿へ来て泊まる。午前2時まで研究会用のレポートを作成する。
10月29日(日) 昨日から研究会。二日目、「教育問題−現状と打開」でレポートをする。その後、五藤宅へ行きカレーライスを作って一緒に食べる。
10月30日(月) 英語科のO君下宿へ泊まる。ウイーンでカクテル。夜の兼六園で放歌。半月に照らされ松がきれい。
10月31日(火) ソ連が50メガトンの核爆発をやった。ソ連国民には知らされていない。右翼と自民党が賛成する政防法。授業をカットして整然たるデモに参加。 その日の夕刊に「僕たちは我慢ができない」という見出しのスポット的な記事が出る。