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御堂筋散歩@
朝日友の会で発行している「アサヒメイト第279号」平成13年6月1日号(発行所/朝日友の会事務局)から転載。
埋めて出来た「梅田」
「目には青葉」のシーズン。大阪・御堂筋が出来て来年で65年。梅田から難波まで4・4`のイチョウ並木を歩いてみると新しい発見があった。
道幅がは45b。大阪市の7代目、関市長の先見の明で、公営で全国初の地下鉄工事と並行して拡幅し昭和12年完成。当時にしては広すぎ「滑走路を造る気か」と噛みついた議員がいたとか。泥沼のような低地にハスや菜の花が咲いていた−−これが昔の「梅田」だった。「埋め田」して発展につながった。
心中の森に“お初天神”
まずは“お初天神”の「露(つゆ)ノ天神社」から。おみくじは「大吉」。「幸先がいいなあ」と永井さんと喜ぶ。ここは約300年前の元禄16年に遊女のお初と徳兵衛が心中したエレジーの地。「梅田の堤を急げばカラスが鳴く…暗い曾根崎の森にたどりついた」。例の近松の浄瑠璃「曾根崎心中」、記念碑がある。
向かい側の駅前第4から第3の高層ビル前にケヤキ並木を中心に「御堂筋プロムナード」。3階までドーム付きエスカレータを上がるとツツジやユキヤナギなどの広場。第3ビル前の梅田新道に面して黒御影石製「大阪市道路元標」、ここが1、2など7国道の終点、起点。
人形踊るからくり時計
国道を渡った滋賀銀行ビルの角に「しじみ橋跡」。曾根崎新地を流れていた蜆(しじみ)川の橋。明治42年の大火後埋め立てられた。しばし行くとメロディーが流れ出した。梅田新道ビル2階のからくり時計。シンデレラを中心に12の人形が0分と30分ごとに踊り回る。ちょうど正午、ビル地下が飲食店街、“食い倒れ商法”はうまい。
吉原 暢彦(元朝日新聞編集委員)
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