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 はじめに

朝日新聞に入って三十五年、九〇年(平成二)に定年を迎えた。金沢、松江、大津、大阪本社社会部、西部本社(北九州市小倉)社会部、神戸、松山支局デスク、支局長を高知・金沢・奈良の三支局で経験、転勤を内示したら「そんな田舎は行きたくありません」とごねられたり、新婚支局員が「女房が寂しいので故郷へ帰るというので辞めます」と辞職届を出され、懸命に説得したり…。
再び大阪本社に戻って、デスク。そしてレジャー担当編集委員を十一年とよく転勤しました。が、ほとんどを第一線で過ごせたことに満足しています。
駆け出しの時、交通事故の警察発表で、被害者の生命保険支社長の肩書をAが正しいのにBと間違い発表、紙面で訂正し、AとB支社長の双方へお詫びに行きました。「見舞いが関係の無い私(B)にきて困っています。読者は肩書だけ見るのですね」と苦笑い。とんだ「セイメイ」違いの恐ろしさを知りました。
西部社会部時代の二年間は市政担当で過ごしましたが、ちょうど革新市政から保守市政に替わった時で、合理化紛争に明け暮れ、“九州男児”の荒っぽさを痛感。神戸支局では、マイカー時代到来で、ドライブが盛んになりました。そこで、みんなで楽しいドライブコースを紙面で紹介し「ドライブ・えんま帖」として出版しました。松山支局時代は支局員全員で道後温泉をあらゆる角度から分析して紙面に連載、「道後温泉物語」として本に。高知時代は“いごっそう”の分析や土佐犬、土佐和紙などを取材して「土佐物語」を連載、同名の本として出版。
レジャー担当編集委員の時は毎週木曜日の夕刊レジャーワイド面作りを一人で十年間担当、ハードだったが、充実した毎日を過ごしました。日本でも「ヨーロッパ生まれの小さなホテル」をキャッチフレーズにペンションを経営する人が増えたので「ヨーロッパのペンションめぐり」を企画しました。しかし、交代要員がおらず二週間分のレジャーワイド原稿を書き溜めして出掛けたり、海外の観光ポイントは随分紹介しました。
週休二日制が普及し始めたころで、関西の散歩コースをイラストレーターと歩いて紹介、「関西イラスト散歩」(創元社刊・二巻)、「散歩みち」(朝日カルチャーセンターシリーズで五巻)、「味・湯・旅ウオッチング」(ナンバー出版)などにしました。これが私の“勲章”です。
こうした積年の記事や雑誌、定年後、新聞に連載した中から、自分らしくてオモシロイものを、ほんの一部選んで新聞記者の締めくくりとしました。「そんなドジカルなこともあったのか」と苦笑して頂ければ幸いです。校正は佐藤浩一郎氏にお願いしました。

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