「優勝饅頭」で工場長に抜擢された課長
"たかが""されど"こわい大ヒット饅頭
「あなたのお陰で工場長に抜擢されました」といって大手和菓子メーカーのK仕入課長が、にこにこ顔でやってきたのはタイガース優勝フィーバーも下火になり、昭和六十年が暮れようとしていた十二月末だった。確かにだいぶ無理を言って大量の「タイガース優勝饅頭」を注文したが、それとKさんの抜擢とどう関係があるのか、しばし首をかしげた。が、話を聞いて納得した。
「それはよかったね。あんたの素早い決断と商売熱心のたまものですよ」といって握手して出世を祝った。
夢にまで見たタイガースの優勝が正夢になりつつあった昭和六十年九月中旬のことだった。社内の猛虎会で、「優勝饅頭を社内に配ろうという話が持ち上がり、私にまかされた。ユニークなオリジナル饅頭を、と考えたのが@虎の焼印を押すA紅白でなく、黄白(こうはく)にする。つまり、餡を白と、もう一つは卵の黄身でタイガース・カラーにBはこに「祝 阪神優勝 朝日猛虎会」と印刷する、だった。
心当りへ電話したが「そこまでは出来ません」と二メーカーから断られた。あせった。社内の知人が教えてくれた老舗の和菓子メーカー「S」に電話したら「いいですよ。やりましょう」と快くOKしてくれてほっとした。これがK課長だったことを後で知った。
優勝が確実になるにつれ、忙しくなった。レジャー担当編集委員で毎週木曜夕刊のレジャーワイドページを一人で作成しなければならないので大変。記事は家でワープロを叩く毎日が続いた。
一方で、饅頭の注文数を決めねばならぬ。編集局に配るとすると五百個は必要。それに猛虎会のメンバーが個人で五十、百個といってくる。私も、あちこちに配るので百五十個注文した。S女子短大のO教授からも「学生の猛虎応援団長個人で八十個もいると言いますし、私も配らんなりませんし、四百個頼みます。『S短大猛虎会』と印刷してほしいんです」という。
メーカーは「上等な饅頭なのでサービスして一箱(二つ入り)三百五十円がぎりぎり」という。こうして全部で三千個にのぼりSメーカーもびっくり。こうなるとこちらもオドロキ、モモノキ「饅頭こわい」心境になった。「もし、優勝できなかったら」という不安が、やはりつきまとったから。
優勝した翌日から猛虎会全員で社内プレゼントして歩いたが大好評だった。もっとも、饅頭をもらってケチをつける人もおるまいが。
実はSメーカーも、この虎の焼印入り"黄白"饅頭を「優勝饅頭」として大々的に販売したのだった。タイガースのことならなんでも記事になるほど関西はフィーバーしていたから、新聞も早速「ユニークな優勝饅頭」として記事で取り上げたのでメチャ売れしたらしい。
「実ははじめ、あなたから注文を受けた時、これはいける、と思ったのです。焼印もすぐ作らせました。黄色の餡がまたおもしろい発想で大好評でしたよ。あのアイデアを全部拝借させて頂いたわけで。ちょっとしたアイデアの大切さがよくわかりました」とKさんは頭を下げた。
「あなたが、簡単に作ります、というものだから、焼印はすでに準備してあると思い、さすが大阪商人、すばしこいなあ、と猛虎会のみんなで感心していたんですが」と私は苦笑いした。
この"トラトラ饅頭作戦"の大ヒットで、仕入課長から、新しく出来た製造工場長に大抜擢されたというわけだ。"たかが"饅頭というなかれ! "されど"饅頭は時にサラリーマンの出世を左右する。やっぱり"饅頭こわい"。
(昭和六十一年十二月二十一日の日記など)