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 唯野教授的新酒論

 いま話題の「唯野教授」の講義の構造主義的思考で、最近の雨後のタケノコ的"わ酔う(和、洋)酒"の多新種の新酒酒乱戦を分析してみよう。
 それはまるで「この味で世界のドリンカーの"酒好"を変えよう」という"な酒容赦"なき"バブル"作戦にもみえるし、他社との差異化をねらい、技術力で、これまでの醸造テクスト(原典)のパラダイム(枠組み)まで変えようとの野望もあるようだ。あるメーカーの幹部が「実のところ、あまりに種類が多く、自社のウイスキーも安いのと高級との差しかわかりません」と、ほとんど"クル(苦)バジエ"的答えなのだ。
 みんな「俺はナポレオンしか飲まん」「おれはインペリアルさ」と他人との差異化を求め独善的、帝王的、"酒感の相違"だけで飲んでるのさ。それにしても「なにも足さない。なにも引かない。」「ヤマダのナマダ」なんて広告は脱平凡、バーボン的?でコマーシャレてるけど少し"脱論理的"か。
 「凍結酒」というのがある。シャーベット状にしてスプーンで食べる?ところがニクイ。これぞ、飲み方のテクストを革命的に変え、脱日本酒的な酒感にひたらせてくれる。ノービル賞?ものか。
 もう一つ、脱テクスト的な"新酒"が、いま"事件的"話題の「ビア・ヌーボー」だ。今年の麦とホップでつくったトレトレのビールという。あのワインのボージョレヌーボー以来、日本酒までヌーボーを出すご時世に、ヌーボーとしておれぬらしい。「まてよ、酒とビールは新しいほどうまいのは昔からのジョーシキ的テクスト」なんていうまい。醸造のパラダイムを脱構築し、脱テクスト化したアイデアと革新にまずは"脱ボー(帽)ジョレ"。
(九十年十二月号)

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