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 車座になって「どぶろく祭」

「♪秋が来ーると思い出す はるかな白山麓の秋祭り…」昭和二十五年のこと、秋祭りに招待されて、ひどく泥酔した体験が忘れられぬ。山の秋祭りは村挙げての一大催しで一週間も続く。山の幸もおいしかった、飴色のトローリとした原酒を勧められるままに飲んだのがいけなかった。やがて天井が回りだし「やはりコペルニクスの地動説はおかしい。天動説が正しいぞ。これはノーベル賞的大発見だ!」と思った瞬間、"秋の祭り"いや"後の祭り"。意識がなくなりノービル症に。通俗的にいえば、どぶろくから粕を搾っただけの濃厚原酒だからガクガクきた。今にして思えば四斗樽で仕込んでいたから、いわゆる密造酒だったのだろう。 「どぶろく」といえば、合掌造りで知られる飛騨・白川郷の「どぶろく祭り」がなんとも面白い。白川村の地区ごとにある氏神・八幡神社が日をずらして十月中旬に次々に八日間も催される秋祭りなのだ。
神社で醸造した、どぶろくを酌み交わす。見物人にも振る舞われ、山の紅葉をバックに頬を染める。飲み過ぎて"白川夜舟"も自由。もちろん、税務署も特例のお墨付きを与えているのだ。
なにしろ、七百年と酒税法が出来る前から続いている伝統行事だ。正確には、税務署が明治二十九年(一八九六)の酒税法で神社にだけ一石以下無税とするイキな計らいをした。戦後の昭和二十三年(一九四八)からは課税されて量は六キロリットルに。
戦後は過疎に悩み、合掌造りを企業の保養所として売って都会へ出て行き、住民がゼロになった地区もある。が、"しらけ"ムードにならずに、祭りの時だけ、その地区の人達が里帰りして、廃校になった小学校に泊り込んで"酒交"を暖める。そして一年後の再会を誓い"合掌"乾杯して帰って行くのがいい。決して時流にも"完敗"しない。「みんな出て行き、そして祭りだけが残った」と、グラフ雑誌でも紹介された。誰もいなくなっても「後の祭り」にならないところが、雪深い山村のどくとくの郷土愛というものだろう。合掌ものだ。 
           (九十三年十月号)

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