ネパール王国・カトマンズからポカラ
世界の屋根ヒマラヤの登山基地であるネパール王国を訪れ、“白き神々の座”を地上と空から立体的に拝んだ。とくにポカラで朝日が昇るにつれて頬を染めてゆくアンナプルナ山群などのすばらしさとマウンテン・フライトは最高だった。カトマンズやポカラの町では庶民生活にも触れ、牛や豚などと共存するたくましい生活力に感心。なぜか魅力的“ネパール美人”が多かったのも印象的。そうえばエベレスト山群のチベット名チョモランマは「大地の女神」のことだし、アンナプルナはヒンズー教のシバ神妃パールバティの異名だ。美しい女神を見て育つと女性も美しくなるのかもしれぬ。
▼冬でも蝶が飛びヒマワリが咲く
人口1300万人のこの国はインドと中国、チベットに挟まれている。ほとんどヒマラヤの南に面した盆地。ヒマラヤ越えで中国自治区チベットへ入るコースにもなっている。12月に「チベットへ行く」と言ったらたいていの人が、「寒いところへなぜ行くのか?」とけげんな顔をされた。が、エジプトと同じ緯度で亜熱帯に属し、標高もカトマンズで伊吹山の頂上程度の1300b台だ。ポカラでも六甲山の保養所がある800b台で、冬は朝夕こそ10度を割るが、日中は20度になるからしのぎやすい。蝶も飛び、ヒマワリも咲いていた。
▼そこのけお牛様のお通りだ
20万人が住む首都カトマンズは5年ぶりだったが、ビルが増え、車も多く活気に満ちていた。だが、なにしろ20年前の日本車がタクシーとして堂々と走るなど“超”中古車ばかりだから、排気ガスがひどい。懐かしいオート三輪タクシーも大手を振って走っている。おまけに乾季で埃っぽく、喉はすぐカラカラになるので、ハンカチを当てて歩かないと大変だ。
町をうろうろする牛はインドより多いのではないかとさえ思う。「そこのけ、そこのけ、お牛様のお通りだ」とばかり、のっそりと横断する。自動車は直立不動で待つ。たちまち渋滞、いや“ギュウ帯“になるからモウたまらぬ。ヒンズー教では牛は神様の乗り物の聖牛だから大切にする。
牛の糞を土塀にべたべた張り付けた風景にも出くわした。燃料にするのだ。道路に放り出した残飯に群がる牛、豚、山羊、犬…ネパール王国は人間が牛たちと共生する「家畜天国」だ。
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▼四方をにらむ目玉寺院
名物の1つ、丘から大きな目のあるストーバが360度にらんでいる仏教寺院・スワヤンブナートへ。通称目玉寺院で、目玉は4面に描いているが、なんともユニーク。モンキーテンプルともいい、たくさんの猿が走り回るので、それをにらんでいるのでは、と思いたくなる。街が一望できるので参拝客が絶えない。インド女性を多数見たが、おしゃれで、ほりの深い目の魅力的美人が目立った。
▼沐浴の横で死体を火葬
ネパール最大のヒンズー教寺院・シュバティナートは極めて衝撃的寺院だ。近づくと2層になった黄金に輝く屋根がまず目に入る。次にパグマティ川のガート(沐浴場)そばで火葬する煙が見える。ヒンズー教のメッカ、インドのガンジス川に注ぐこの川は聖なる川で、焼いた灰は流される。そばで川の水を口に含んだり、体にかけたり、食器を洗っている。川幅は狭くミニ・ガンジス川という感じ。「ガートは人間が神にあこがれ、地獄が天国に通じる、そのためのあらゆる営みが行われる場所」(荒松雄著「インド行」)なのだ。岸辺にはシバ神の象徴であるリンガ(男根)とヨニ(女陰)を祀った祠がずらりと並び、手を触れて拝む信者が次々と訪れていた。
▼ジュウタンを織るチベット難民
古都パタンの近くにチベット難民が住む村がある。1959年から61年にかけてのチベット動乱で10万人のチベット人がネパールやインドに亡命した。その1部の人たちが、ここに住み着いている。チベット仏教特有のタルチョ(魔除け・祈りの旗)が屋根上にはためき、小さいながら金ぴかで派手な寺院もチベットで見たのと同じだ。住み着いて35年、ジュウタンを職業にたくましく生きている。なにしろ、自分たちで建てた鉄筋4階建てのハンド・クラフト・センターで、たくさんの女性が暗くなるまで手慣れた早さでジュウタンを織り、隣では糸のつむぎをしていた。売り上げの15%をネパール政府に納める方式という。道の両側で、そのジュウタンを売る店が並んでいた。
▼ポカラへバスで8時間
アンナプルナ連峰の登山やトレッキング基地ポカラへは200`もある。途中からのヒマラヤも見たいし、風物も生活ぶりも被写体になると思い、片道だけ8時間の貸し切りバスにした。
旅行ガイド本には道路が良くなった、とあった。が、どうしてまだ未舗装部分が多い。昨年の雨期にやられた路肩の崩壊のツメ跡も残っていた。流失した橋は英国の援助で架けた仮橋で1車線。対向車を待つので長い列が出来る。復旧工事もスコップなどでの人海戦術だからいつ完成するのか。わがバスはベンツだったが、30年以上前の“超”中古のガタガタだから、エンジンは「ガーガー、ウーウー」悲鳴を上げながら左右に大揺れする。そのたびに「ポカラ、ポカラ」と頭を打つ。
山をいくつも越えた。ガネッシュ連峰が見える峠で休憩した。ドライブインの庭にヒマワリが咲き、チョウも飛んでいた。掘っ建て小屋のような民家の軒先で子供がたらい行水をしている。トリスリ川では川下りを楽しむ観光客がいた。すれ違うトラックがぎらぎらに飾り立てている。どのトラックもライトの横に目玉を描いている。これはカトマンズの目玉寺院にあやかっているのだろう。水牛を積んだトラックも多い。地元のチョタンさんの話ではインドあたりから輸入したもので、農耕に使った後、食用にするという。水牛は聖牛ではないらしい。夕方やっとポカラに着いた。
▼アルプスが一幅の屏風絵に
ホテルの正門の両方の門柱にもやはり目玉が描いてあって苦笑した。部屋の窓からは尖ったマチャプチャレを中心に左にアンナプルナ・サウス、右にアンナプルナV、W峰からマナスルが見える。窓を額に見立てると、すばらしい山岳屏風絵になる。
▼朝日を受け7変化する霊峰
サランコット丘の展望台から昇る朝日に輝く霊峰がすばらしいというので朝5時前にタクシーを呼んで出かけた。本当は麓から歩くのだが、カメラなど機材が重いので行けるところまでタクシーを利用。ガタガタ道を30分かけた。ここから暗闇の中を展望台まで歩いた。かなりの登りだ。途中、大きな壺を担いだ女性が「チャブ、チャブ」と音を立てながら追い越していく。朝支度の水を下から汲んで上の集落まで帰る途中だった。毎日だから、これは重労働だ。ポカラの町の灯が下に広がった。空気も澄んでいるからきれいだ。展望台まで1時間かかった。
7時前から右手の空が明るくなり始めた。下に薄雲があるので太陽は赤く大きな顔をして昇りはじめた。西には満月近い残月が。やがて目の前の霊峰に朝日が差しはじめた。マチャプチャレ、アンナプルナ、ダウラギリなどの雪の表面が次第に恥ずかしそうに茜色に染まっていく。7色の変化といっていい。白き神々は、以外にシャイだ。わずかな雲が流れてゆくのがアクセントになる。すばらしいサンライズ・ショーだった。
▼チャーター機で空からヒマラヤに接近
地上から霊峰を見ると、今度は空からも迫りたくなる。実はカトマンズで44人乗り合い飛行機でマウンテン・フライトをしたのだが、雲があり、気流も悪く、もう一つヒマラヤに近づけず消化不良だった。同志10人はマウンテン・フライトに挑戦することにしチャーターを頼む。
▼砂利滑走路から離陸
快晴の朝9時、ホテル隣のポカラ飛行場にカトマンズから白に赤のラインが入った18人乗り双発プロペラ機が飛来した。砂利を敷いただけの滑走路をガタガタと振動させながら離陸。まるで空のダンプだ。そういえばモンゴル・南ゴビでは砂漠に勝手に砂塵を上げて離着陸したのを思いだす。
すぐペワ湖上空に。町が眼下に。前方にはアルプスの山々が横たわっている。昨日、あえぎながら登ったサランコットの丘も真下に見える。
左端のダウラギリT峰(標高8167b)から右へと飛行する。ダウラギリはサンスクリット語で「白い山」の意味。地上からは頭だけのぞかせていたのが、今、すぐ目の前に全容を現した。スイス隊が10年かけて8度目の挑戦で1960年5月にやっと征服しただけに険しい形状だ。
山壁に沿って東に飛行、アンナプルナ・サウス(7219b)が手の届きそうな距離に来た。象の頭に似ているのでヒンズー教の象の頭を持つ女神「ガネッシュ」の愛称があるとか。60年に京大山岳部が初登頂に成功した山だ。
▼山神の怒りに触れガタガタ揺れる
次に現れたのはマチャプチャレ(6993b)、ネパール語で「魚のシッポ」。しかし、ここからは、そうは見えない。むしろ三角錐型でスイスのマッターホルンに似ている。地上からも一番目立つ。1957年にイギリス隊が頂上近くまで迫ったが、その上は聖地なので、登頂はせず下山した。以後、ネパール当局は登山許可を出していない。
そんな神聖な霊峰にいとも簡単に空から接近したためか、突然、機体が「ガタガタ」と激しく揺れ出した。パイロットが「気流が悪いので気を付けて」と叫ぶ。もともと山の上や周辺は気流が悪いが、「マナスルスルと空から奇襲して神聖な、おれ達を、しげしげと眺めるとは“マチャプチャレ”?に厚かましく、不謹慎なヤツめ」と山々が怒っているよう。
アンナプルナV、W、Uと続いて、やがてマナスル主峰(8157b)に。ダクラ・ピーク29(7835b)、ヒウンチュリ(7893b)とともにマナスル3山と称する。マナスルは日本人に親しみのある山だ。それもそのはず1956年に第2次マナスル登山隊が主峰を、続いて60年にヒウンチュリを慶応大隊が、70年にはダクラ・ピーク29を阪大隊と、いずれも日本隊が初登頂に成功しているのだ。
こうして50分のマウンテン・ビュー・フライトは終わった。神々に接近できて心は“ハイエベレスト”に高ぶり、大満足だった。地上からでは登頂できないマチャプチャレの頂上もとくと拝顔出来たし、1人100jなんて安いものだ。
ポカラからの帰りは空路で。ヒマラヤを左に見ながら、バスで8時間かかったコースをわずか30分のフライトでカトマンズ空港へ。飛行機の有り難さをこれほど感じたことはない。