「信州・野沢温泉村」
▼スキーリゾート温泉村目指す
「信州・野沢温泉村」といえば特産、「野沢菜」が有名。が、熟年には懐かしい漫画の軍隊犬「のらくろ」の作者、田河水泡がこよなく愛した“のらくろ温泉”でもあることは案外知られていない。いま、この村は4年後に迫った冬季五輪を起爆剤に時代を先取りした“快適なスキーと温泉リゾート村”を目指して村おこしに懸命。水泡没して6年、スキーシーズンを前に「のらくろ温泉村」を探訪した。
▼明治45年にスキーを導入
この村にオーストリアからスキーが導入されたのは82年前の明治45年(1912)で、新潟県高田で外国人が指導した翌年のことで日本で2番目。当時、ハイカラだったスキーと温泉で売り出したわけで、東京方面から作家、久米正雄ら著名人がスキーにどっとやってきた。その中に「のらくろ」の作者、田河がいた。初めて訪れたのは昭和5年(1930)で、新婚の田河夫妻は夫人の兄で著名な評論家だった小林秀雄(故人)に誘われて、やってきてスキーの手ほどきを受け、病みつきとなり、以来、毎年訪れるようになった。定宿は住吉屋で昭和6年から少年倶楽部に「のらくろ」の連載を始めた。
▼温泉でのらくろのストーリーが生まれた
「当時は離れがあって、ご夫妻はここが気に入り、いわば“のらくろ部屋”でした。温泉が好きで1日に何度でも入り、のらくろの構想を練っておられました。ストーリーのかなりの部分は湯の中で生まれたのでしょう。その証拠に、のらくろと温泉の漫画が多く残っています」と6代目の河野正人さん(61)。![]()
▼戦後、野良犬になって苦労
そののらくろも戦後は軍隊がなくなって、ただの“のら犬”となり、苦労。用心棒、会社の親睦野球の補欠で出場して死球を受けて失神、危うく火葬にされそうになったり、住吉屋の番頭…と生きるため果敢に挑戦した。そのくだりは昭和55年発行『のらくろ放浪記』にくわしいが、まさに野性の精神で生き延びた“野良犬パワー”というべきだろう。
水泡がこの世を去ったのは平成元年。2年前に「のらくろと野沢展」を開催したが夫人の潤子さんも駆けつけ好評だった。住吉屋には「温泉につかるのらくろ」などの作品が飾られているが、これはどこにもない貴重な絵だ。河野さんの夢は「のらくろ資料館」を造ることだ。
▼動く歩道などハイカラ施設続々
毛無山(標高1650b)山麓に広がる標高600b台、人口5000人の山村は今、道路の掘り起こしが盛んだ。引湯管、上下水道、プロパンガスの配管を1つにまとめる共同溝の工事でスキーシーズンまでに完成させる。特産の野沢菜に、岩おこし並みの“ホリオコシ”?を加えたいほど。
もう一つ、裏山のメーンゲレンデまで600bの珍しい「動く歩道」工事も始まり、近代的施設が続々誕生する。なにしろ、下水道の普及率が長野県はわずか28%なのに、この村だけ昭和37年に100%を達成、「田舎の香水」を追放したのがご自慢。そして、10年前に終末処理場の汚泥を有機肥料化させる高度処理施設が完成、その肥料を安く販売し、野沢菜の肥料などにしている。プロパンガスも各戸のボンベをやめて、都市ガス並みに共同配管し、安全に気を付けているというから近代都市並みだ。
こうした施設整備に「スキーと温泉に生きる村」らしい気配りが感じられる。その原動力になっているのが、明治以来訪れた著名人から感化された“ハイカラ”思想と、たくましい“のらくろパワー”だろう。
▼雪は天から送られたお札 雪の収入が一般会計を上回る
ハイカラ先取りといっても“先立つもの”が必要。この村には40軒近い旅館と400軒近い民宿があり、クワハウスやリフト、ロープウェーも完備しているが、外部資本をいれない村営が特徴。だからスキーシーズンになると、企業課がスキー場に移動しリフト、レストランなどの施設を運営する。一冬に訪れるスキー客100万人が落とす金額が50億円で、村の一般会計予算45億円を上回る恵まれた潤沢さがある(注・2000年のスキー収入は20億円で、一般会計は80億円。若者のスキー離れが歴然で深刻)。
雪の研究で知られる故中谷宇吉郎博士の名言「雪は天から送られた手紙である」をもじると「雪は天から送られたお札である」そして「温泉は地下から噴出する湯札である」。
▼野沢菜を湯がく麻釜は晩秋の風物詩
ここの温泉の湯量は豊富で泉源が30余りあり、旅館のほか、民宿の1部にも引湯されてい、年間に村の人口の60倍に当たる30万人の温泉客がやってくる。湯煙を上げている外湯の麻釜(おがま)は温泉卵をつくったり、野菜を湯がいたりする。10月終わりから、ここで特産野沢菜を茹でる風景は晩秋の風物詩として有名。
▼楽しい外湯めぐり
江戸時代から続いている13の外湯巡りも独特だ。建物が重厚で河原湯、滝の湯、十王堂など、それぞれ名前が付いていて、泉質も異なる。湯仲間という組織が管理していて、入湯は無料というのがありがたい。湯をはしごするのもいい。スタンプめぐりになっている。
今年10年を迎えた温泉健康館「クワハウス」には、サウナ、打たせ湯などがある。露天風呂も。浴槽の壁に故岡本太郎の大きな「湯」という字が焼き付けてある。
▼人気呼ぶアクアドーム
昨年完成した屋内レジャープール「アクアドーム」とコンベンションホールを備えた「アリーナ」もユニークだ。総ガラス張りの広いアクアドームで、温水の流水プール、スライダー、造波プール、温泉浴場、トレーニングルームまで備え、レストランも。アフタースキーによく、家族連れで賑わっている。その上は同時通訳室を備えた500人収容の階段式国際会議場。座席はコンピューターで床下に収容する仕組みで多用途利用出来る。ハイカラ村は先取り“IT村”化しつつある。
【メモ】長野から飯山線で戸狩野沢温泉駅下車、バス20分。住吉屋は1泊2食1万8000円から。役場商工観光課は0269−85−3111。