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旅DAS「冬のナイアガラからケベック市」


サンケイスポーツ1995年2月9日


暖冬で滝のツララはナイアガラ?

 12月末にナイアガラからケベックまで東部カナダを旅した。夏のカナダは見ているので、冬の“白いカナダ”、特に凍った滝を見たくて。だが、向こうも暖冬で雪は少なく、氷結したナイアガラの滝は“ナイアガラ?”。イルミネーションの美しいケベックの夜が幻想的だった。

滝だけで年間1200万人が訪れる

 ナイアガラ滝は年間1200万人も観光客を世界から集める。「たかが単なる滝」というなかれ。そういえばイタリアのピザの斜塔も傾いているから価値があり、観光資源になるのだ(1991年6月、傾き過ぎたのを修復したが、やはり傾斜している)。
 米・バファロー空港からタクシーを飛ばす。ナイアガラ橋を渡った所にカナダ税関がある。パスポートを見せたら「オー、ジャパニーズ、オーケー」と美人職員が笑顔で印を捺してくれた。
 川の真ん中が米国とカナダの国境である。夜9時過ぎ。ライトアップされた大瀑布はなんともいえぬ美しさ。

滝下りして半数が帰還せず

 翌日滝のすぐそばへ行く。「雪に覆われ、滝も凍って、大きなツララが下がった幻想的白い世界」を期待し、はるばるやってきたのだが、雪も凍った滝も“ナイアガラ”にがっくり。
 しかし、気温が2度と低いためか、夏以上に、もうもうと白煙を上げて落ちる滝は迫力があった。高さ160bのスカイロンタワーから見ると、平野を流れるナイアガラ川に急角度の断層が出来て馬蹄形のカナダ滝と平面的アメリカ滝になっている様子がよくわかる。今も毎日、少しずつ後退しているという。落差60b。これまでに物好きな12人が滝下りを試みたが、半数は滝壺に飲まれて帰還していないそうだ。

9割がフランス系のケベック

 暖冬のナイアガラとは対照的に、ケベックは一面の銀世界だった。トロントから空路1時間少しなのに、間違ってフランスに降り立ったのでは?と錯覚を起こしそうになる。建物がヨーロッパ的で気品があるし、人口30万人の9割がフランス系でフランス語を話し、道標もまた、フランス語が圧倒的に多い。  17世紀初めフランス人、ジャック・カルチェがセントローレンス川を遡り、この地に来てフランス領地と宣言したのがルーツ。18世紀半ばにイギリス領になった経緯で、住民は英語も話す。

五稜郭のルーツ、フランス式城郭 羊を先頭に行進する衛兵

 この街は城塞で囲まれている。クラシックなサン・ルイ門をくぐると、市街に入った気分になる。
 北海道・函館にある五稜郭と似たシタデル(城塞)は有名。五稜郭は星形だが、ケベックのは星を半分にした形。フランス・ルイ14世当時のボーバン陸軍元帥が体系化したフランス式城郭で、徳川幕府が採用して元治元年(1864)に完成させた。 城では今も毎日、衛兵の交代式があり、観光のスポットになっている。マスコットの羊を先頭に行進するのは、なかなかユーモラス。

シンボルは城形のホテル「シャトー・フロントナック」

    この街のシンボルはセントローレンス川に沿って、そびえる中世ヨーロッパの城を模したホテル「シャトー・フロントナック」だ。フランス植民地時代の総督フロントナック伯爵の名を付けたこのホテルは、スーツを着ないとレストランにも入れない(上着を貸してくれる)など、格式が高い。落ち着いていて、重厚な雰囲気が旅情をさらに高めてくれた。道に 残雪がある夜の街は冷え込んだがイルミネーションが美しい。箱庭的なまとまった街という感じだった。

【メモ】

 ケベックはインディアン語で「川が狭くなる所」の意味。シャトー・フロントナックのそばからケーブルカーでロウアータウンに降りると、フランス風の古い町並みずらり。手作り皮製品の店などがある。カフェテラスでコーヒーを飲むのもいい。


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