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旅行記
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開放されたカンボジアのカオ・プラ・ビハーン遺跡
山上に築いた大寺院跡
月刊 「アジア倶楽部」2000年10月号より転載
東南アジア・カンボジア最大のアンコール(クメール)遺跡といえば文句なくアンコールワットだろう。ところが、アンコールに匹敵するともいわれるクメール山岳寺院遺跡「カオ・プラ・ビハーン」(丘の上の尊い寺院)が3年前に解放され、脚光を浴びている。タイとの国境にまたがり、帰属をめぐる争いに、カンボジア内戦が加わって、閉鎖されたままで“幻のクメール遺跡”といわれていた。日本では、まだほとんど知られていないが、これから観光の目玉になるだろう。
★タイからカンボジアへ入国
クメール文明の遺跡はカオ・プラ・ビハーン(以後プラ・ビハーンと略す)をはじめ、タイ、カンボジアにかけて多い。タイのピマイ、パノム・ルン遺跡などもカンボジアのアンコールワットと並ぶアンコール王朝時代の貴重な一連の寺院だった。
特にプラ・ビハーンはアンコールから直線で150bほど。クメール王国が、ヒンズー教の最高シバ神は聖なる山に住むという信仰を実現するため、国境のドンラック山脈の斜面を利用して、最盛期の9世紀から11世紀にかけて精密に造られた。今は破壊と風化で崩壊が激しい。
一面、緑の田園が続く中、密林に囲まれた丘が見えてきた。坂を上がった所で車は終点。その先は専用の有料トラム。古びたトラクターが引く、簡易幌車で400b走る。
「ようこそ、カオ・プラ・ビハーンへ」英語とカンボジア語?の看板が建つ。遺跡の全体図も描いてあった。密林の中を少し下るとタイ国境警備隊の監視所がある。兵隊がいたが、咎めることもなく通してくれた。そばの幅2b足らずの小川が国境だが、パスポートも不要。渡るとカンボジア領に。同時にプラ・ビハーン遺跡地域に入ったのだ。
★はためくカンボジア国旗
土産物店がずらりと並び、既に観光地化していた。そこを通り抜けると「KINGDOM OF CAMBODIA」(カンボジア王国)「PRASH VINEAR TEMPLE」(プラ・ビハーン寺院)とカンボジア語と英語で書かれ、あの青と赤のカンボジア国旗が立つゲートがあった。このテンプル(寺院)の帰属をめぐって長年、タイとカンボジアが争い国際司法裁判所がカンボジア領と裁定しただけに、それを誇示しているようだ。
ここで入場料を払うと、あとは上り一筋。雨上がりで、まだ上は霧に包まれて見えない。なんだか天国への階段を登るような感じ。黄色い僧衣をまとった若い僧たちがサンダル履きで飛ぶように上がっていく。こちらは一段ずつ踏みしめ、喘ぎながら上る。蒸し暑く汗が噴き出る。両側に四つの鎌首をもたげた石造のナーガ(蛇)が立っている。カンボジアの遺跡でよく見られる。
第一塔(楼)門にたどり着く。大きな石を積み重ねた門はナーガの彫刻をした柱など数本が突き立ち、周囲には破壊された石造物が散乱している。カンボジア国旗だけが勢いよくはためいていた。
★ソ連製ヘリの残骸 リンガ石柱もごろごろ
ふと右下へ目をやると、ヘリコプターの残骸見えるではないか。「危険・地雷」の看板を見ながら降りていくと横倒しになった旧ソ連製のヘリコプターに兵士が数人乗り込んでエンジンなどの部品を取り外していた。周囲には放置されたヘリがまだあると聞いた。何だか戦時の硝煙が残っている感じだ。
前方に見える第二塔門までなだらかな石畳の参道が続く。両側に二bはあろうかという石柱が並んでいたが、ほとんど傾いたり、折れ倒れている。ヒンズー教の破壊神であるとともに創造神であるシバ神の象徴、男性のシンボル「リンガ」形の柱だ。
現地の人たちもかなり来ている。子どもの手を引いた男性も。この参道は風通しがよく、休憩に絶好とあって、あちこちで座り込んで休んでいた。何しろ参道入口から第四塔門の奥にある大神殿まで標高差400b、参道の長さもアンコールワットより200b長い900bもあるのだ。往復すると相当疲れる。
★天地創造などの物語を浮き彫りに
一息ついて第二塔門から第三、第四塔門を目指す。崩れかけた急な石積を上がる。足場の石をうまく見つけないと転ぶ。上へ行くほど塔門は大きくなり、刻まれたレリーフも精巧だ。特に有名なのが第二塔門南側破風に浮き彫りされたヒンズー教の天地創造の物語「乳海攪拌」(にゅうかいかくはん)だ。第三、第四塔門と上がるにつれて古代インド神話や叙事詩に登場する人物や動物などが躍動的に刻まれている。
残念ながらこの辺から霧の中に。回廊や周辺には破壊された神殿の柱や石造のかけらがごろごろ。霧の中に浮かぶと神秘的でさえある。
★滅びの美
第四塔門を出ると中央祠堂を回廊(東西31b、南北42b)がめぐっているが、崩壊が激しい。可憐な花が荒廃ムードを和らげている。あらためて登ってきた250段を見下ろす。全部は見えないが、確かにスケールは大きい寺院跡だ。そこに見たのは“滅びの美”だった。
鉄線を張った最頂部に立つ。650bの断崖絶壁で、下は一面、カンボジアの平原というが、残念ながら霧で見えない。快晴ならすばらしパノラマが広がり、ジャングルを象が悠然と歩く姿も見られるという。風が強い。耳元でシバ神がささやいたようだ。「あらためてもう一度来なさい」。
▽遺跡へのアクセス
タイ・バンコクからタイ航空でウボン・ラーチャターニーまで45分。一日二便、遺跡まではタクシーをチャーターして二時間。
吉原 暢彦(朝日新聞前編集委員・トラベルライター)
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